
加速する街東京で、消えない「個」を追う連載企画 「Why are you in Tokyo?」
刺激とスピードに満ちた街、東京。 絶え間ない変化の中で、人々は自分を磨き、強く、美しく振る舞う。
けれどその内側には、外からは見えない葛藤や悩みがある。不格好でリアルな感情、そして純粋な想い。
表現者たちは、なぜ東京を選び、ここで活動を続けるのか。会話を通して、都心で生きる若者たちの飾らない素顔を切り取る。
今回登場するのは、アーティストのKAMIYA。
プロデューサーのxanseiと共にユニット「xamiya(ザミヤ)」として活動し、ジャンルを越境するミクスチャーな音楽を世界へ発信している。
かつては有名グループの練習生として、鏡と向き合い続けた日々。
夢に破れ、一度は音楽を嫌いになった彼女を救ったのは、やはり「音楽」と、東京という街が引き寄せた奇跡的な縁だった。

―― 現在の活動について教えてください。
KAMIYAとして活動しながら、今はプロデューサーのxansei(ザンセイ)とユニット「xamiya」を組んでいます。
出会いは3年ほど前。私が働いていたバーに彼が遊びに来たのがきっかけです。
彼は当時アメリカに住んでいたんですけど、一緒に曲を作ってみたら「え、めっちゃ楽しくない?」って意気投合して。
面白いのが、その時お互い髪がピンク色だったんですよ(笑)。
「ピンク同士でやったら面白そう」っていう直感と、あとから彼が私の目指していたグループ(XG)の楽曲制作に関わっていたことを知って、あ、これは何か運命的な引き寄せがあるなって。
―― 最新EP『BLUE STAR』も、これまでの楽曲もLAで制作されていますよね。
BLUE STARは日本でXANSEI と二人で作ったEPです。
今回のEPお互いの不安や、トラウマ、悲しみ、ぶつかり合う気持ち、でも諦めたくない気持ち、光が見えない時が多かった時に作った曲ですね。
だから今まで出してきた曲とは少しカラーが違って、ブルーで冷たくてでも暖かな光がほんのり感じるEPになってるとおもいます。
他の曲はLAではライターやプロデューサー、楽器を弾く人たちが集まって、パーティーのような明るいバイブスでセッションしながら曲を作ります。
そのポジティブなエネルギーを自分たちらしくアレンジして、新しいミクスチャー音楽として世界に広げていきたい。
今はそんなワクワクした気持ちで動いています。

―― KAMIYAさんにとって、東京はどんな場所ですか?
東京は、いいものがギュッと詰まった「宝箱」みたいな場所。それぞれが自分の形で表現していて、刺激がいっぱい。
ゴス、ロリータ、アニメ、ストリート……秋葉原や中野、原宿と、電車ですぐに全く違うディープな文化に触れられるのは東京の凄さですよね。
xamiyaのビジュアルにゴスやロリータの要素を取り入れているのも、東京で育まれてきたコアなカルチャーへのリスペクトがあります。
いろんなものを取り込んで、ブラッシュアップして自分のものにする「ミクスチャー文化」が、東京には根付いているなと感じます。
―― 原宿は、中学生の頃から通い詰めていた思い出の地だとか。
中学生の時から毎日ここに来て、終電まで歌とダンスのレッスンに明け暮れていました。
原宿の竹下通りを歩きながら、ロリータちゃんたちのファッションを見て「面白いな」って刺激をもらったり。
私のエンターテインメントの基礎は、間違いなくこの街で作られました。

―― 練習生として過ごした過酷な日々、そして挫折について聞かせてください。
XGの練習生時代は、朝から夜中まで、休みなく練習をしてました。まさに“音楽軍隊”のような生活でした。
でも、私にとってはそこが最高の学校で、楽しかった時期でもあったんです。
鏡に向かって「お前は今日もやれるのか?」って毎日自問自答しながら、色々なテイストの曲をカバーしまくったり。
ジャンルを問わず音楽を浴びて、表現を磨き上げる。あのストイックな日々が、今の私の土台になっています。
―― その後、一度は音楽から離れた時期があったとか。
夢として描いていた形が一度叶わなかった時、人生最大の挫折を味わいました。
音楽もダンスも大嫌いになって、一気に15キロくらい太ってしまって。鏡を全部隠して、自分を否定し続けるような引きこもり生活になりました。
でも、少しずつ外に出られるようになってからは、練習生時代には禁止されていたことを全部やってみようと思ったんです。
SNSを始めてみたり、夜の街で働いてみたり……。でも、どんな環境に身を置いていても、気づけば結局歌っていたんですよね。
「一曲歌ってよ」と言われれば喜んで歌っている自分に気づいて、「あ、私はやっぱりどこにいても音楽が好きなんだ」って、逃げようとした先で再確認した感覚でした。
―― そこから、再び表現の世界へ引き戻されたきっかけは?
配信アプリを通じて知り合った海外の方が、偶然にも以前私がいたグループの楽曲プロデューサーを紹介してくれたんです。
一度はすべてを投げ出したはずなのに、必然的に戻るべき場所へ導かれた。
その時に「私は音楽から一生離れられないんだな」と覚悟が決まりました。
一度どん底まで落ちて、それでも歌うことをやめられなかったからこそ、今はより純粋に、好きなものに対して正直になれています。

―― 4月から拠点をLAに移されますが、制作環境としての違いをどう感じていますか?
東京とLA、制作のバイブスが面白いほど真逆なんです。東京での制作は、プロデューサーと1対1で向き合って、私の繊細な感情の機微をどう音に落とし込むかを、密に、深く、話し合いながら作り込んでいく美学があります。
対してLAは、いろんなクリエイターが集まって、その場のノリで「これ最高じゃん!」「今のバイブス、ファイヤーだね!」って、圧倒的なポジティブさで突き進むセッションスタイル。
音楽を作る瞬間は、みんな「ポジティブなバイブスしかない」っていう状態を徹底的に作るのかもしれない。
最初は戸惑いもありましたが、今はその直感的なハッピーさの中で、自分をさらに解放していく「修行」を楽しんでいます。
―― 東京でのコミュニティや、ご自身の「居場所」についてはどう感じていますか?
実を言うと、私は東京にいても、どこかのコミュニティに属している感覚がずっとないんです。
シーンの熱量は感じるけれど、自分の居場所がどこなのか、自分は何者なのか、今でもずっと探し続けている。
でも、それをネガティブには捉えていません。どこにも属していないからこそ、どこに行っても「自分」でいられるし、新しい風を取り込める。
これからはLAという新しい環境で、さらに自分を磨きたい。
居場所を外に求めるんじゃなくて、世界のどこにいても、xamilyのみんなと共鳴し合える「自分という座標」を確立するのが今の目標です。
―― KAMIYAさんが大切にしているマインドを教えてください。
自分を愛すること。そして、子供の頃にマイケル・ジャクソンを見て衝撃を受けたような「ピュアな心」を忘れないこと。
大人になると誰かの言葉に傷ついたり、自分を否定しちゃったりすることもあるけれど、自分が自分の世界を否定したら終わりだなって。
今日のファッションもジョジョ(ジョニィ・ジョースター)を意識しているんですけど、自分が「これが最高」と思えるものを貫きたい。
その強さを、音楽やパフォーマンスを通して届けていきたいです。

「東京は宝箱であり、ゴミ箱でもある」。 そんな混沌とした街で、KAMIYAは何度も自分を見失い、そのたびに音楽という名の鍵で自分をこじ開けてきた。
「今でも自分の居場所を探している」と彼女は言う。
特定のコミュニティに逃げ込まず、どこにも属さない孤独を抱えながら、それでも彼女は「私は最高だから見なさい」と凛としてステージに立つ。
その危うさと強さの同居こそが、彼女の音楽に圧倒的な説得力を与えている。
東京という宝箱を飛び出し、世界の空へ。
居場所を探し続ける彼女の旅は、いつしか同じように彷徨う誰かの心を繋ぎ、大きな共鳴となって世界に響き渡るはずだ。
今回彼女が着用したのは中国ブランドloveplayshop
大胆な色使いと個性的なデザインを元に、キャッチーなアイテムを展開している
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