
加速する街東京で、消えない「個」を追う連載企画 「Why are you in Tokyo?」
刺激とスピードに満ちた街、東京。絶え間ない変化の中で、人々は自分を磨き、強く、美しく振る舞う。
けれどその内側には、外からは見えない葛藤や悩み、不格好でリアルな感情、そして純粋な想いが隠れている。
表現者たちは、なぜ東京を選び、ここで活動を続けるのか。会話を通して、都心で生きる若者たちの飾らない素顔を切り取る。
今回登場するのは、アーティストのTOKYO世界。
ネガティブな感情をありのままに吐露しながらも、随所に差し込まれるユーモアセンスが光るリリック。どこか哀愁漂う「昭和歌謡VIBES」を漂わせるその唯一無二のスタイルは、同世代からも熱い視線を集めている。
リアルな葛藤をユーモアで包み込む彼が、なぜ今、東京という街を選び、ここでどんな景色を見ているのか。その飾らない内面に迫る。

―― 現在の活動について教えてください。
TOKYO世界と申します。アーティストをしています。
本格的に音楽を始めたのは大学2年生の時で、ラップスタアをきっかけに今のレーベルに所属しました。
元々不動産系の会社に就職していた時期もあって、テーマパークとかの非現実的な空間を作るみたいなことをしたかったので、聴く人にもいい意味で気持ち悪いというか、変な感じがするんだけどすごく心地いいみたいなものを感じられる要素を意識して曲作りをしてます。
――今の活動をするに至った経緯を教えてください。
中学時代、周りが大人びていく中で自分だけが子供のままでいるような、強いコンプレックスを抱えていました。
人格形成の時期に「自分は何もできないんだな」と感じ取るような暗い3年間を過ごし、当時は何にもハマれるものがなかったんです。
そんな中、高校生のときに友達から「高校生ラップ選手権」の動画をLINEで半ば強制的に送られてきて(笑)。
見てみたら衝撃を受けて、一瞬でハマってしまいました。
能力がないと楽しめない他の娯楽とは違い、ヒップホップはできる・できないに関係なく、ただただ「めちゃくちゃカッコいい」と思えた。
それから、嫌なことがあっても音楽があるから心のバランスを保てる、自分にとって一番の救いになっていきました。

――上京しようと思ったきっかけはありますか?
僕は栃木と茨城の県境にある、山に囲まれたすごい田舎で生まれ育ちました。若い人もいなくて、町自体が朽ちるのを待っているような静かな場所で(笑)ただ、自然が豊かなところなので、たまに帰省する時はいいところだなとは思います。
地元や高校では、自分が周りに受け入れられていない、ずっと浮いているような感覚が強かったんです。
「ここにいても何をやっても誰も評価してくれない、自分はここには合わない」という気持ちがずっとあって。
だからこそ、違うところに行くしかない、俺の望みは東京にしかないと思って必死に受験勉強をしました。
―― 実際に上京が決まったときは、どのような心境でしたか?
もう、めちゃくちゃワクワクしていましたね(笑)。
それしか自分には選択肢がない状況ではあったんですけど、ネガティブな逃げというよりは、すごくポジティブな気持ちでした。
ただ、ずっとひねくれてはいたので、街に対する憧れの一方で「どうせ外側だけ取り繕った人間がたくさんいるんだろう」と冷めた目でも見ていて。
上京したての頃は、そういう表面的な人たちを、草原で珍しいカモシカか何かを見るような目線でどこかからかっていました。
面食らうというよりは、冷徹に観察していた感覚に近いです。

―― 実際に東京に来てみて、期待とのギャップはありましたか?
一番驚いたのは、東京の人はみんなすごく優しいな、ということでした。
僕が育った地元のコミュニティって、悪気なく「お前ブサイクだな」「それダサいよ」と面と向かって言い合うのが普通のコミュニケーションだったんです。
でも東京の人たちはそういうトゲがなくて、本当に優しい。「こんなんでいいの?」と拍子抜けすると同時に、その優しさに触れたことで、尖っていた自分もだいぶ普通に、優しくなれた気がします。
―― その後、音楽に就職を辞めて振り切るわけですが、気持ちの変化はありますか?
新卒で不動産系の会社に入社して、最初は「ここに骨を埋めよう」と宅建も取って頑張っていました。
でも、ラップスタアの反響が想像以上に大きくて。
保守的な性格なので、会社を辞めるのはめちゃくちゃ不安でした。 だから、自分が失敗して朽ちていく最悪のパターンを何千回も頭の中でシミュレーションして、心をあらかじめ慣らしたんです。それでようやく踏ん切りがつきました。
音楽人生のスタートである会社の最終日に大遅刻して罪悪感で死にそうになるという、最悪の幕開けでしたけど(笑)、あのとき思い切って本当に良かったです。

―― 東京で活動する中で感じている、この街の特徴はありますか?
東京は「地元に馴染めなかった変人たちの全国大会」だと思っています。いろんなカルチャーが密集していて、見た目や性格は違っても、どこか変わった人たちが全国から集まってくる。
だからこそ、地元にいた時よりも圧倒的に心が通じる、仲良くなれる人に出会いやすい。すごく居心地が良いですし、東京にいて良かったなと心から思える部分ですね。
―― 上京してから作風に対する考えや、作風で変わったところはありますか?
最近は、ありがたいことに周りから「言葉に価値がある」と言ってもらえるようになって。そこはすごく嬉しいことですね。
だから、前までは自分の感情をただ荒々しく吐き出したような作品だったのが、最近は「これは自分だけのためじゃない」と気づき、ちゃんと人様に見せられる商品としてパッケージ化して届けられるようになっと思います。
そこは東京に来て変わった、大きな成長だと思います。
―― アンチコメントやネガティブな意見に対しては、どのようなスタンスを大切にしていますか?
当然、言われたらすごくヘコみます。ただ、アーティストには上司みたいな存在がいないので、アンチの言葉は自分をステップアップさせてくれる「先生」だと思って真摯に受け止めるようにしています。 それに、誰よりも自分自身が一番のアンチなんですよね(笑)。
だから「いや、そこマジで嫌だよな、わかるよ」って納得しちゃう部分もある。跳ね除けるのではなく、自分の音楽をより良くするための肥やし(ヒント)として、すべて真摯に向き合っていきたいです。

「地元に馴染めなかった変人たちの全国大会」。彼がそう称した東京という街は、かつて孤独だった彼に、同じ匂いのする最高の仲間たちを引き合わせた。
インターネットの繋がりから始まった「TOKYO世界」のキャリアは、今や東京のリアルなカルチャーを動かす大きな渦になりつつある。
リアルな凹みも、アンチへの共感すらも、すべては表現の肥やし。 昭和歌謡の哀愁をまとい、等身大のネガティブをユーモアで包み込む彼だけの多彩なフロウは、これからも東京の街へ、冷めない熱量で響き渡っていくはずだ。
今回彼が着用したのは、韓国ブランドPOSHA
大胆で個性的、かつプレイフルなアイテムを展開している



